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「お構いなく。出勤前に、少し寄っただけだから。」

いかにも血色の悪そうな紫色の唇から白い煙を吐き出すと、
黒ずくめのおばさ・・・もとい、ルールーは言った。
その傍らで、彼女は黙ってツナの空き缶を差し出す。
空き缶には少し残ってしまったツナが乾いたままでこびりついている。

昔はちゃんと、洗って捨てる子だったのに・・・・・

食べ残しのこびりついたツナ缶に
決して幸せとは言えない彼女の現状を見たようで
改めてルールーは少し悲しくなった。
しかし、それを口には出すこともできずに、
ただ黙ったまま差し出されたツナ缶に灰を落とす。
そしてそのまま、煙草を口にくわえる。

まるで、言葉が出てこない、言い訳をするかのように。


彼女もまた、ただ黙ってそれを見ていた。
人が煙草を吸っているのを見ると、自分も吸いたくなるのだが
表向きに彼女は「煙草が吸えない」事になっている。
ましてやこの時間から二人で煙草を吸えば
室内に煙がこもってどうしようもない。
どうしたって、残り香でばれてしまうだろう。
彼女の夫は、彼女が煙草を吸うことを快くは思っていなかった。

「で、どうなの。最近。うまく言ってるの?」

悩んでいたわりには単刀直入だが、
ようやくかけるべき言葉が見つかったのか、
それともこの重苦しい沈黙に耐えられなくなったのか、
再び煙をくゆらせながらルールーが口を開いた。

「え・・・?」

どうしてそんな事を聞かれるのかさっぱりわからない、
というように彼女はソファに座ったルールーを見上げる。
その目は、どこか虚ろだ。

窓から差し込む西日が逆行となって、
彼女からルール―の表情は見えなかったが、
おそらく、今のは失言だったのだろう。
取り繕う様に、ルールーは話題を変えた。

「私もね、そろそろ店の方は若い子たちに任せて、
隠居しようと思ってるの。いったでしょ?
今ね、お酒と占いの店をやってるのよ。
結構評判なのよ。よく当たるって。」

クラブ「ルール―の世界」は今やスピラ全土に知れ渡る
有名高級クラブである。
クラブのママであるルールーはその類まれな
ミステリアス、アンド ファンタスティックな容姿を武器に
お色気たっぷりに酒を出しながら
時折予言めいた事を発言するという方法で
スピラ中の高給官僚どもをめろめろにした。
おかげさまで、ルールーは儲かっている。

自分の老後が安泰となると、
他人の事が気にかかるものである。

特に妹のような存在、ユウナの事となれば
それは尚更。

だから時折、こうして「ついで」を装っては
ユウナを訪ね、様子をうかがっているのであった。

しかし、今のユウナに対して、
ルールーはかけるべき言葉を持たない。

変わってしまった全ての物から目を背け、
「過去」という重い鎖にがんじがらめになってしまっているユウナには。

今のユウナが泣くことはない。
しかし同時に無理して笑うことすらない。
ただぼんやりと行過ぎていく景色を眺めているだけ。

裏を返せば、そう言うユウナだって
「変わってしまった」のであったが
本人はそれに気がついているのかいないのか。
気がついていても、どうしようもないのかもしれない。

だから、ルールーもまた、そんなユウナに
なんと声をかけていいのやら
さっぱりわからないでいるのであった。

「そうだ。そしたらまた旅でもしようか。ユウナ。
今度はゆっくりと・・・またビサイドからはじめて…ね?
ビサイドにはリュックとワッカがいるから。
知ってる?リュックったらこーんなに太っちゃって、
いまじゃすっかり肝っ玉母さんって感じよ。
こないだ7人目が生まれたんだって。」

無理して明るい話題を出すのは気持が悪い。
ましてや黒い魔女と怖れられるルールーがそれをするのは、
違う意味でなかなかの迫力だ。

「それは・・おめでとうございます。」

他に言うべき言葉も見つからず、ユウナはとりあえずそう言った。

こんな時、本当に自分は無力だと思う。
あの時だって、もしザナルカンドからあいつがやってこなかったら、
ユウナは今、生きてはいなかったかもしれないのだ。
だけど、人々が口にするその奇跡に、
ユウナはがんじがらめになってしまっている。
またもや黙ってしまったユウナを見やり、
ルールーは小さくため息をついて立ちあがった。
当たり障りのない会話を繰り返しながら
玄関先までくると、ルールーは少し真剣な顔をしてユウナを見た。

「人は、かわるものなんだよ。ユウナ。」

その言葉にいつもと違うなにかを感じ
ユウナもまた、ルールーを見上げた。

「私達は、変わらないスピラを否定して
ここまで来たんじゃなかったの。
あの時、誰かが祈り子になって、シンを倒していたら、
スピラはなにも変わらなかったかも知れない。
あんな「奇跡」なんて起こることもなく
短いナギ説を、二人は普通に幸せに過ごしたかもしれない。
だけど、私たちは誰かが死んでぬるま湯のような生活を
送るよりも、生きて変わっていくことを選んだ。
あの時ユウナ、言ったじゃない。
『悲しくても、生きます。』って。…忘れちゃった?」


       *              


そうか。あの黒ずくめのおばさ…もとい、あれは、
ルールーだったのか。

「きゃっ。」

彼の背中に、思いっきり顔をぶつけて、彼女は立ち止まった。
いつの間にか鬱蒼と茂っていた木がなくなり、
明るい場所に出ていた。
それが、水の反射によるものだと気がついたのは、
彼が手を離し、ゆっくりと歩き始めてからだった。

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  1. 2000/10/08(日) 03:02:46|
  2. 【物語】FFXのお話
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