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高天原に神留坐す

個人的な意見だけれど、良質のストーリーというのは
「先が知りたくてたまらないけれど終わって欲しくない」
という気持ちにさせるものではないだろうか。

これは自分が主体的な立場で楽しむものであればあるほど
顕著だと思うのだけどどうだろう。

例えば、映画や単発物のドラマ、芝居などは放っておいても
終わってしまうので「まだ見ていたい」と感じながらも
悶絶する暇を与えられる事は少ないが
毎週見続ける必要のある連続物のドラマ(最近ならのだめカンタービレ)や
ページをめくらないと先に進めない本、コントローラーを握らないと進まないゲーム。
これらは皆、先が自分に委ねられている分、
「知りたい・・でも・・終わってほしくない・・・ッ!」
という気持ちで一杯になりものすごい悶絶をすることになる。

「進みたい・・・だけど・・怖いッ」

焦らし上手である。


なんの話しかっつーと「大神」の話である。
正月休みの間、気が狂ったように「大神」をやり続け、FFへのログインはほんの数分。
FFブログだっちゅーのに思わず「大神」の話を書いちゃう馬鹿がここにいます。

新年早々すみません。

しかも最新ゲームのレビューならまだ少しはお役に立てるかもしれませんが
出たのは去年の四月。前評判、本評判ともに高く、
「すばらしいゲームだぜえ!」
と仰ってる方が既にたくさんいます。乗り遅れること甚だしいです。

まあでも、私、年明けてしばらく、


「今年は2008年。」


だと思っていたんで。

つーか去年絶賛


「2007年」


だと思っていたみたいなんで。私。

どうりで、「you tube」とか「2006年」の動画が多いなあ、と思っていたんだよ。
ちょっと古すぎね?と。何やってんのインターネット、と。ね?

最新でした。タハ。

だからまあ、逆に一週回って新しい?位の気持ちで読んでいただきたい。
あとここはFFブログじゃないの?と思っている人も、
新年だしいろいろあるよね、と思って読んでいただきたい。
まあ、好きなことを好きに語ってしまった非常に偏ったあれなので
オチとかないです・・・すいません。

ネタバレしてるんで隠します。

「大神」は凄く、凄くいいゲームでした。

久しぶりに、”先が知りたくて堪らない”ソフトをプレイしました。
それでいて、”終わって欲しくない”ゲーム。

ストーリーは王道を行きながら、それぞれの人物がきちんと”生きて”いて
「きっと、私がこのげーむを終えても、この人たちにはここに生き続けるんだ。」
そう思わせてくれたゲーム。

また、ストーリーがわかりやすい王道であることに併せて
キャラクタープレイヤーが”動物”であること、
動物であるが故にキャラクタープレイヤー自身が言葉を持たないこと、が
想像の幅を広げ、世代や性別を限定せずに
プレイを楽しめる要素の一つになっていたように思います。

全世代楽しめる。

更にキャラクターがきっちりと作ってありながら
決して語らせすぎていない、いい意味で設定や感じ方を
受け取り手に委ねてあるのもプレイヤーを選ばない要素になるのではないかと。

よくあるじゃないですか。
「わかってわかって!」と伝えたいという気持ちだけが先行して
その「伝えたいもの」だけを「伝えたい形」できっちりがっちり
詰め込んじゃってるから少しでも疑問を持ってしまうと
もう付いていけない、見たいな事。

主人公、ほとんど喋らずに
何でこの人がこの冒険をしてるのかよくわかんねえな、と思っていると
(まあ、それがわかっていくストーリなんかな、とも思ってんだけど。)
いつの間にか壮大な”自分探し”の旅になってて
急に饒舌に自分の心の浮き沈みとか過去とかを説明し始めたかと
思いきや、結局だからなんなのよ?って言う話で
しかも4枚のディスクごときでそんな禅問答的な問題が
解決するはずも無いし、だけどエンディングにしなきゃいけないから
もう4枚目のディスクの後半も後半なのに
「実はこんなシステムが・・・」とか「実はこんなことが・・・」
みたいな、て言うかそれ最初にしっとけよ!っていう
「その世界だけにある新たなルール」的なものが
わらわらと出てきて、なんか無理くり終わる、見たいな事が。


まあ、私の理解力が足りないっつー話でもあるんですが。


伝えなきゃいけない事(旅をする理由、やるべき事、その必然性)はシンプルで明瞭に。
感じ方(個々人の気持ちの動きやプレイヤー以外の行動理由など)は曖昧に幅を持たせて。

ゲームのシナリオで、そのバランスが絶妙だと感じたのは
キングダムハーツで、キングダムハーツのそれは本当に凄いし
なぜそう感じるか、語ろうと思えば多分一晩中かたれるんですけれど
プレイしてから3年くらい?延々語り続けてて
割とうざがられてきてるのでで自粛します。

いや、まあ、どうでもいい話なんですけれどもね。

ただ、そういう、受け手に委ねられている部分が大きいと
受け手がほんの少し変化するだけで物語は新たな一面を見せるし
イッスンの覚悟とか、スサノオの苦しさとか、
運命に立ち向かう様子だとかも真に迫って見えたり、
そこに差し伸べられる救いの大きさや、優しさに
本当に心が震えるって事があるわけです。
うん、ちょっと疲れているのかもしれない。私。

ただ、私はやっぱりそういう物語が好きで。
ここ10年くらい再読を繰り返してる本や漫画。
シナリオに感動したゲーム。
全てやっぱりそういうものなんですよね。
それで、何度繰り返しても新鮮で。
最終的には、10代で最初に目にしたときからの
変化も客観的に見えたりして、それもまた良し。
そして「大神」は私にとってそういうゲームになりえるなあと。

まあ、めんどくさがってプレイしないかもしれないけれdry
すいませんすいません。めんどくさがりなだけなんですすいません。

ただ、ラストはもう一回みたいなあ。
スサノオがヤマタノオロチの前で口上を述べるところも。
実は公式のWebで、あのセリフの一部が公開されていて、
私はプレイ中にあのセリフを先に聞いているのですが
あれを見たとき、
「このゲームを進めたい!」と強烈に思ったんですよね。
このキャラにこんなセリフを言わせるなんて、
これはちょっと単純じゃないぞ、と。

あの、どうにもならない運命や出生に向き合う覚悟、というか。
そこまで行くのにどんなに辛かったろうか、とか。

最後のダンジョンへの道では、涙が止まらなかった。
小さくて表情なんて見えないはずなのに、
イッスンの肩が震えているように見えて。
あ、泣いてる、と。

湖に落ちて下から眺めるイッスンの顔。
見えないのに、なんとも言えない
やりきれない、そんな感じに見えて。
それでもぐっと我慢しているような。

ラスボスめんどくさry強すぎて涙どころじゃなくなってきた頃に
パッとアマテラスの鼻の上に緑の光。

「イッスン!!」

叫んじゃいましたよ朝6時。
でも、すぐに消えて。
その雰囲気が堪らなくて。
涙、涙ですよ。ていうか今会社なのに思い出して涙ですよ。

その直後にあの大号泣シーンが
まっていたわけなんですけれどね・・・。

「漫画でも描いて配りあるいたらいいんじゃねぇか」か・・・・。

イッスンはイッスンで自分にしか出来ない、
自分じゃないと出来ない
目の前の、今出来ることを、
思いを込めて、やったんですね。

最後は涙をぼろぼろ流しながら戦ってました。
なんていうか、戦う理由をもらった気がしました。
いや、もちろん、それはちゃんと物語上にあったのですが
答えたい!答えなくちゃ!!って素直に思った。


まあね、そんなわけでね。
年末年始ずっとゲームしてたものですから。
そりゃ2008年とも思いますよ、っつー話なんですよ。

※自宅に戻ったら、ちょっとこの偉そうなこと言ってる長々とした講釈部分、別に移すかもしれません。あれなんで・・なんか、好きなことを好きなように書いてるって言うの、自覚してるんで・・すいません。


好きすぎておちもねえよ。
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  2. 【奨】好きすぎてオチがない
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

コメント

大神・・・素敵なゲームなのですな・・・。
ちょっと買ってやってみようと思います。
  1. 2007/01/12(金) 16:00:20 |
  2. URL |
  3. のヴぃ #-
  4. [ 編集]

会社でこんな長い文を書くんじゃアリマセンwwwww

ゲームクリアー率1割くらいだけど、一気に最後までやっちゃったよー、これ。 テンポがいいよねw 
  1. 2007/01/12(金) 16:12:58 |
  2. URL |
  3. papupo #-
  4. [ 編集]

大神けっこう評判いいですよね。これよんだらますますやりたくなりましたw
  1. 2007/05/14(月) 20:45:15 |
  2. URL |
  3. あねね。 #mQop/nM.
  4. [ 編集]

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